自分らしい生き方をデザインしよう

終活について

母の突然の死を経験して考えた、終活の大切さ──ラストナビ藤木まなによる家族の終活体験談

この「ラストナビ終活」メディアを運営する私自身も、母を大動脈解離で突然亡くし、何の準備もないまま相続手続きに向き合うことになりました。その実体験が、LASTNAVIへ参画する原点となっています。

突然の連絡から、その日のうちに大動脈解離による母の死を経験

私は5年前大動脈解離で母を亡くし、そこで初めて相続手続きというものを経験しました。当時、私は東京で仕事中心の生活を送っていました。

家族からの連絡は「そんなに急ぐ内容でもないだろう」と、いつも数日後に返信するくらいだったので、その日も父と妹からの着信にすぐには気づけませんでした。

「なんだか今日はよく光るな。忙しいのに…」と、ふと携帯を確認すると、父と妹からの着信が何件もありました。最初の着信からは数時間経っていましたが、その後も膨大な履歴が残っており、そこでやっと何かあったんだとすぐに電話をかけ直します。

すると、「母が倒れて地元の病院に運ばれた」と知らされました。

当初は半身が動かないような容態だったため、脳梗塞と聞いていましたが、その後病院からの説明により大動脈解離であったことが分かります。

母は当時、60代前半。体を鍛えることが趣味で病気もありません。数日前にもLINEで連絡をとり元気な様子だったので、私もすぐに状況を受け入れることはできませんでした。

ぼーっとしている私に、上司や同僚が「早く!タクシー呼んであげるから。仕事はいいから向かいなさい!」と引っ張られ、その日のうちに新幹線で地元の病院へ向かいましたが、深夜に到着する直前、母は息を引き取りました。

頭が真っ白になりながらも、送り出してくれた同僚に「お母さん、亡くなっちゃった…!」と連絡。その後落ち着いてから会社へ忌引きの連絡を行い、私たちはそのまま葬儀とその後の対応に追われることになりました。

父母の離婚により、手続きを進められる法定相続人は私と妹だけだった

通夜やお葬式も初めて。とにかく親戚にも助けられなんとかバタバタと済ませた後、向き合うことになったのが相続の手続きでした。

実は、父と母は数年前に離婚をしていました。ただし夫婦関係が悪かったわけではなく、離婚後も母が営んでいた美容室を兼ねた実家で、関係も生活スタイルも変わらず一緒に暮らしていました。

私たち姉妹は両親の離婚については説明を受けていました。しかし母が亡くなったことで、父は法定相続人ではないという点を、このとき初めて強く意識することになりました。

法定相続人とは、遺言書がない場合に民法の規定にもとづいて遺産を相続する権利を持つ人のことです。法律上、母の相続人は私と妹の二人のみ。

家族関係は良好なので、揉めごとはなく、父にも同行してもらい手続きは進められたものの、私は東京在住。妹は海外で働いており一時帰国中という状況でした。そのため実務の多くを私が担うことになり、仕事の合間を縫って東京と地元を行き来しながら対応しました。
相続の手続きには、戸籍謄本や印鑑証明書など様々な書類が必要です。また、銀行の口座解約となると、発行後数ヶ月以内の書類でないといけないというルールもあります。慣れないうちは何度も「あ、この書類、もう使えない…。」と、また東京に戻って取り直すということもありました。

母名義に集中していた生活と資産

さらに我が家の生活は、ほとんどすべて母名義。クレジットカード、光熱費、ネットショッピングのアカウントなど、日常の支払いは母が一括して管理していました。

また、祖母の代から続く美容室を母が継いで営んでいたこともあり、多額ではないものの十数件に及ぶ銀行口座や証券口座が存在していることを初めて知りました。

それぞれの口座について、残高の確認、相続手続き、解約や名義変更を行う必要があり、これには想像以上に時間がかかりました。また銀行によっても、少しずつ必要書類や手続きの流れも違います。さらに、美容室の雑誌の定期購読、母自身や私たち姉妹の保険契約など、小さな契約も数多くありました。

当初は「うちは庶民的な家庭だし、遺産もあるもののそこまで多くはない。自分たちで対応できるだろう」と考えていましたが、手続きは非常に多くなかなか終わりが見えませんでした。

専門家への依頼と、想定以上にかかった時間

ある日、手探りで手続きを進めていた中で相続税の申告・納付には故人が亡くなってから10ヶ月以内に収める必要があるということを知りました。

焦った私たちは、そこでやっと地元の税理士さんに依頼をし、遺産分割の整理や必要書類の作成をお願いすることにしました。専門家に相談したことで、手続きはようやく整理され、前に進み始めました。

それでも、小さな契約まで含めると、相続対応には約一年半を要しました。その間、私は数十回以上、相続の手続きのために地元へ帰省したと思います。

正直なところ、すべての対応が完全に終わったのかは、今でもはっきりしていません。

実際、数日前にも把握していなかった保険の契約書類が届きました…!「まだあったのか!」と声に出して叫んだほど、どれだけやってもまだ終わった感覚はなかったりします。

母が亡くなった悲しみと、やらなければいけない実務は、同時進行

母が亡くなってから、5年ほど経ち、やっとこうして冷静に当時を振り返ることができている気がします。しかし当時は、突然の死を受け入れられない気持ちを抱えながら、仕事の合間に期限内に相続税を納め、母の事業に関する準確定申告も行わなければならなかったので、本当に気持ちも、やることもぐちゃぐちゃでした。

加えて、母が営んでいた美容室を引き継ぐための手続きも必要となり、保健所へ出向くなどの事務作業も発生しました。

身内が亡くなるということは、誰にとっても起こりうる出来事ですが、みんなどうやって悲しみを乗り越え、仕事や子育て、介護をしながら、この実務に向き合っているのか、あまりに大変すぎて不思議に思ったほどです。

幸いだったのは、妹が一時帰国中でフルタイム勤務ではなかったこと、父も定年後で時間的な余裕があったことです。3人で役割を分担しながら、少しずつ対応を進めることができました。

手続きと、仕事と、生活で家族全員が慌しかったとき、スーパーで「おーい、お母さん」と呼ばれて「え?」と振り返ると、父が「間違えた。」とバツが悪そうに笑ったことを今でも思い出します。なんだか泣けるような笑えるような、そんな時間を久しぶりに家族で過ごしながら、家族全員でなんとか気持ちと相続の整理に1〜2年かけて向き合いました。

それぞれが自分らしい人生を歩みながらも、不安や懸念はひとりで抱えなくても良いサービスをつくっていきたい

母が患った大動脈解離は、発症した人の約半数が24時間以内に亡くなる病気だと、後から知りました。

母が亡くなり病院から戻った日、実家のキッチンには母が剥いたままのりんごの皮が残っていました。それほどまでに、今回の出来事は母にとっても、私たちにとっても突然のものでした。

責任感が強かった母は、多くの情報を自分で管理してくれていましたが、それを何かにまとめたりといったことはありませんでした。まだまだ元気で生きるつもりだったと思います。

ただ、幸い、契約書面はある程度まとめて保管してくれており、父もその場所を把握していたため、なんとかそれを手がかりに手続きを進めることができました。しかし一方で母が生きている間に、ちゃんと想いを聞いたり、今後の話をしておくべきだったとも強く感じました。

母の死の経験を人と話すと、「実はうちも離婚していて…」とか、「親や兄弟と、終活の話をしなきゃと思っているんだけどなかなかできなくて…」と、それぞれの事情を話してくれ、多くの人が実は「終活」について考えないといけないと思っていることを知りました。

私も、私の家族も母の死から「誰かの大切な人が亡くなったときは、なるべくそばにいて、サポートするようにしよう」と話しています。それは、私たち自身が母が亡くなった時、血縁関係なく多くの人に手を差し伸べていただいたからです。

これは、ラストナビに参画するにあたっても同じ気持ちです。家族の形も資産の形も多様化しています。それぞれが自分らしい人生を歩みながらも、不安や懸念はひとりで抱えなくて良いサービスをつくっていきたいと思っています。

デジタルエンディングノート
「LastNavi(β版)」
(無料で登録・ご利用いただけます)
詳細はこちら→

コメント

この記事へのトラックバックはありません。

RELATED

PAGE TOP